第四話




「フレデリックいるか?」
「うわ!・・・あっはい、呼んできます!」

ここは2年2組。今はお昼休みの時間である。
ロックウェルに購買を案内してもらい、フレデリックは買ってきたパンを窓際で食べていた。窓際がロックウェルたちの定位置であるらしい。

「エミリオ、お弁当自分で作ってるの?」
「あぁ、もちろん!購買でパン買う金なんかあったらバイトなんかしてないさぁ(^▽^)」「へー。偉いね・・・」

発した言葉になんとなく哀れみがこもってしまった気がしてフレデリックは申し訳ない気持ちになった。というのもエミリオの弁当とは、タッパーに敷き詰められた醤油掛けご飯であった・・・。

「フレデリック、こういうのは日本では弁当とは言わないんだ・・・」
「なっ・・・そんなことないぞ!(^▽^;汗)」
「ん?貴様、そんな幼稚園生でも作れるようなメシを弁当とは呼ばん」
「いぃや!幼稚園生には絶対無理!( ̄▽ ̄)だって醤油の量とか絶妙だもん!ご飯に染み込みすぎず、かといって薄すぎず、甘すぎず、辛すぎず、そしてまずすぎず、うますぎず・・・」
「だまれ」

エミリオはロックウェルにタコ殴りにされた・・・。

「まぁまぁ・・・(汗)」

教室内は騒がしく、違うクラスの人間も行き来しており、目標の人物を見つけるのは困難かと思われたが、流れる金髪はこの中でもすぐに目に留まる。
ロックウェルを宥めるフレデリックの元にクラスメイトが駆け寄った。

「おい、フレデリック、お前に用だって」
「オレに?」

自分に用?誰かと約束していた覚えもないし・・・心当たりといえば・・・。フレデリックはほんの昨日の出来事を思い出した。まさか昨日散々な目にあわせてくれた某担任じゃぁないだろうな・・・といぶかしげに眉をひそめる。もし、彼だったら自分はいないことにしてもらおうと思い、ドアのほうに目を向けると、意外な人物がいた。

「エドガー先輩!」

途端に表情を明るくし、フレデリックはエドガーの元へ駆け寄った。
突然の生徒会長の来訪に、しかも編入してきたばかりのフレデリックに用だということでクラスの好奇の視線が集まった。昨日の出来事を聞かされていないロックウェルたちも同じだった。

「は?なんで?あの二人知り合い?」

ロベルトが驚いてロックウェルに問いかける。ロックウェルは視線を二人に向けたまま、俺に聞くなよ、とロベルトに返す。戸口のあたりで話す二人は互いに笑いあったりなんかして親しげに見える。

「ははぁ、フレデリックの奴、目ぇつけられたのかな」
「やめろよ」

茶化すように言うキッドをロックウェルが制した。向けられた目が真剣だったのを見て、キッドもそれ以上言えなかった。普段皮肉めいたことしか言わないロックウェルに真っ直ぐ見られると何か怖いものがある。

「・・・なぁなぁ、なんかロックウェル怒ってね?」

俺何かまずいこと言ったか、とキッドはロベルトに耳打ちした。

「あー・・・ま、気にすんな」

適当にキッドを宥め、またエドガーがらみで何か起きなきゃいいが、とロベルトは懸念していた。昨日マリアの話が出たときも、ロックウェルの目に暗い影がよぎったように見えたのだ。

「エドガー先輩、どうしたんですか?」
「何、お前の顔を見たかっただけだがな」
「えっ」

フレデリックの頬が赤く染まる。そんなフレデリックを見て、エドガーはおかしそうに喉の奥で笑った。

「クックック・・・冗談だ。ほら、これ」
「あ・・・冗談・・・。ですよね・・・(恥)これって・・・なんですか」
「ブレザー。お前、昨日屋上に置きっぱなしだっただろ」
「!あぁ、そういえば」

そういえば昨日、黒天使たち(黒天使って/汗)につかまったときにブレザーを脱がされたのを思い出した。取りに行かなければと思っていたものの、またあの屋上に行ったら彼らに捕まるのではないかと思って取りに行けずにいたのだ。

「取ってきてくれたんですか」
「お前はどうせいけなかっただろ。俺が取ってこなかったらどうするつもりだったんだ」
「いや・・・もう新しいの買おうかと(汗)」
「・・・・・・(汗)まぁ、早まらなくて良かったな」
「なんか・・・ありがとうございます」
「気にするな」

そういうとエドガーはフレデリックの頭を軽く叩いた。フレデリックが上目遣いに見やればあの時と同じく優しく微笑みかけるエドガーがいた。

「じゃ、そういうことだから。俺はもう行くが・・・また何かあったら言えよ」
「あっはい!ありがとうございます」
「じゃぁな」

そういってエドガーは去っていった。名残惜しく感じ、ドアの外に出て、エドガーの後姿を見つめた。長い黒髪を揺らしながら歩く長身の彼は、昼休みのごった返す廊下の中でも一人だけ落ち着いた存在感を放っており、異質に見えた。

ロックウェルたちの元に戻ると早速質問攻めにあった。

「フレデリック!お前いつのまに生徒会長と知り合ってんの!?」

まくし立てるように聞くロベルトに、少し身を引きながらも、昨日の出来事を言う気にはなれなかった。見るからに怪しいトート閣下にのこのこついて行って、危うく妙な団体の仲間にされそうになったなんて情けなくて言える訳がない(汗)

「いや・・・昨日さ、職員室行ったときにたまたま会って。それで、そう、先生にさ、生徒会長だからって紹介されて」

咄嗟に嘘をついた。本当のことを話したくなかったのもあるが、なんとなくロックウェルの視線に違和感を感じたためだ。エドガーとロックウェルがどのような関係かはわからないが、少なくとも自分とエドガーが知り合いであったことに関してよく思ってないらしいことはフレデリックにも感じられた。

「ふーん?それにしてはやけに親しげじゃねーか。なぁ?」

訝る様にキッドが言う。

「別に・・・」
「別にいーだろ。それより、フレデリックは部活とかどうするんだ?」
 
フレデリックの言葉に続けるようにロックウェルが言った。自分に助け船を出してくれたのか、それともこの話題が気に入らなかったのか、フレデリックにはわからなかったが、ともあれ話題がそれたことはありがたい。
 
「あぁ、うん。まだ考えてなかった」
「じゃぁ、お前、サッカー部は?」
「あっそれいい!フレデリック、そうしろよ。今日見に来いよ」
 
少々不満そうだったキッドが、サッカー部の話題が出たことで表情を明るくしてロックウェルの提案に賛成した。キッドはサッカー部の部長である。実力はロベルトが断トツだが、彼はほとんど練習に参加しないため部長には不向きであったし、彼自身、自分はそんな役柄じゃないと思っていた。
 
「サッカー部かぁ…。俺あんまり運動得意じゃないんだけど…」
「だーいじょうぶだって!ロックウェルだってやってけるんだから」
「どういう意味だ(怒)」
 
ちなみにロックウェルは幽霊部員である(笑)
 
「まぁとりあえず見に来いよ」
 
キッドが熱心に誘ってくるものだから断りきれず、結局放課後に見学に行くことになった。
 
(マジで苦手なんだよな…)
 
フレデリックは運動音痴であった。というより、反射神経が鈍いため、サッカーやバスケなどの素早い動きを必要とするスポーツが苦手であった。また、テニスボールより大きいボールも彼には恐怖で、ドッヂボールでは逃げまくる末にいつのまにかコート内に自分しかいなくなっているというタイプである(笑)
そんなフレデリックはなんとかして入部できない言い訳を考えることに午後の二時間を費やすハメになった。
 
 
…放課後。
 
「フレデリック、行こうぜ」
「あれ?ロックウェルも行くの?」
「今日だけね。お前来るし」
 
キッドやロベルトはもう教室には見当たらないところを見ると、どうやら一足先に行ったらしい。
 
「待っててくれたんだ。ありがと」
「……いいって」
 
律儀にお礼を言うフレデリックに悪い気はしなかった。周りに比較的自己主張の強いやつらが多いロックウェルには、そんなフレデリックが新鮮だった。
行くぞ、と声をかけ、二人はグラウンドに向かった。

グラウンドにはサッカー部だけでなく野球部や、テニス部の掛け声が響いていた。
グラウンドの真ん中を陣取るサッカー部に目を向ければ、キッドとロベルトがボールを奪い合う姿が見えた。他のメンバーは入る隙が見つからないようで、二人の攻防を見守っていた。
 
「うわ、やっぱ二人ともうまいな…」
 
感心してフレデリックが言うと、隣でロックウェルが相槌をうった。
 
「ロックウェルはやらないの?」
「俺?俺はいいんだよ」
「なんで?」
「特別待遇だから」
 
ロックウェルはニヤリと笑った。
 
「はぁー?」
「俺は籍おいてるだけ」
「それいいの?」
「俺が辞めたらロベルトを引き留められるやつがいないもん」
「・・・つまり」
「あいつ、もともと一人でいるタイプだからさ。団体行動とか嫌いだったんだ。でまぁ、サッカー部からお呼びがかかったんだけど、断固拒否ってて。仕方なく、俺も入るからってことで入部したわけ」
「へぇ・・・。二人は仲いいんだね」

隣にいるロックウェルと、楽しそうにボールを追いかけるロベルトを交互に見やり、ほんの少しうらやましく思う。今の彼の笑顔もロックウェルのおかげなのかと思うと、普段エミリオなどにひどい扱いをする(・・・)彼のやさしさが見えた気がした。ロベルトに対する優しさは、きっと自分に見せる優しさとは違うんだろうなぁ・・・なんて思考にふけっていると。

ロベルトがキッドからボールを奪った。だがゴールまではかなり距離がある。ロベルトの真後ろに自分のチームのゴールがある状態だ。ゴールにたどり着くまでに、キッドが回りこんで阻止しようとすると・・・

「・・・ォラアアァァァッッ!!!!」

ロベルトが思い切りボールを蹴った。

「えっあの距離で・・・」
「ばっか、お前、ロベルトの実力を知らないんだよ」

ロベルトの放ったボールは高く軌道を描き、飛ぶ。絶妙な高さを勢いつけて飛ぶボールに誰も触れることができない。
そしてゴール目指して一直線・・・・・・?かと思いきや・・・


・・・ボールの速度は非常にゆっくりに見えた。まるでスローモーションのような・・・
あぁ、やばい・・・


ボオォォォン!!!

「うおあぁぁああ!!??(汗)フレデリック!!!(汗汗汗)」

ロベルトの放った剛球はフレデリックの頭に命中した・・・。
まるで漫画のごとく、彼は真後ろにバターンと倒れた。

「おい!大丈夫かっ・・・っておい!(汗)」

ぶっ倒れたフレデリックを抱き起こしロックウェルが問いかける。しかし大声を出しても、揺さぶっても、返事がない・・・。

「・・・そして彼は還らぬ人となった・・・チーン」
「そんな・・・フレデリック・・・・・・。・・・ってなんだてめーは!紛らわしいこと言うんじゃねぇ!(汗)」

いつのまにやら背後に幽霊のごとく忍び寄ってきていたルドルフはロックウェルに殴られた。

フレデリックを抱きかかえるロックウェルの元に、顔中に縦線を描いたロベルトが走りよってきた。正に顔面蒼白である。ほかのサッカー部のメンバーも事の成り行きを遠巻きに見ていた。

「やっべぇ!わりぃ!(汗)フレデリック、大丈夫か!?」
「お前・・・何やってんだ(怒)」
「いやマジでコントロール狂った!わりぃ!マジごめん!ってフレデリック・・・?」

ぐったりとしているもの言わぬフレデリックを見ていよいよロベルトは焦った。

「おい・・・うそだろ」

青ざめるロベルトは、優しく肩をたたかれた。

「・・・君のせいじゃない。人それぞれ寿命は違う・・・彼は、それが今だっただけのことさ・・・」

ルドルフはロベルトにミンチにされた。

「とりあえず、気失ってるだけだと思うから、保健室つれてくか・・・」
「うわぁぁやべぇ・・・フレデリック大丈夫かなぁ(泣)」
「・・・ま、大丈夫だろ」

よく見れば、規則正しく呼吸をしているフレデリックを見てロベルトも胸を撫で下ろした。
思わぬハプニングに騒然としてしまったサッカー部のメンバー達のほうを振り向き、両手で丸をつくり、フレデリックが無事なことを知らせると、ロベルトはフレデリックを背負うロックウェルと共に保健室に向かった。